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インタビュー
一般社団法人ワン・スマイル・ファンデーション/代表理事
辻 早紀(つじ はやき)さん
北広島町/福祉課 子育て支援係 係長
森川 恭子(もりかわ きょうこ)さん
町民の笑顔を寄付に変え、社会に貢献
一般社団法人ワン・スマイル・ファンデーション代表理事の辻早紀さん(写真左)と北広島町福祉課の森川恭子さん(同右)

―ワン・スマイル・ファンデーション(OSF)さまと北広島町は2024年2月から、「笑顔を寄付に変える」実証実験を展開しています。どのような取り組みですか。
 辻 私たちが開発した笑顔検知アプリ「スマイラル」を活用したプロジェクトです。スマイラルを入れたカメラ端末(iPhone、iPad)を北広島町内の公立保育所と公共・商業施設に設置し、人工知能(AI)によって笑顔を検知、カウントして「1笑顔=1円」を町が指定した団体に寄付します。スマイラルが取得するデータは笑顔の数や発生時刻、場所、笑顔率などで、子どもたちを撮影する保育所を除き個人情報は一切含みません。町民の皆さまはプライバシーの侵害を心配することなく、ご自身の笑顔を寄付につなげることができます。
 森川 カメラ端末は北広島町内の、南方保育所▽本地保育所▽北広島町役場本庁▽千代田サンクスショッピングセンター▽NPO法人西中国山地自然史研究会-の計5カ所に設置しています。笑顔によって生まれた寄付は50%を能登半島地震の義援金にします。
 残りの50%は町に飛来する渡り鳥「ブッポウソウ」の巣箱設置費用に使います。ブッポウソウは巣を作っていた木製の電柱が減るなどして、生息数が大幅に減少したといわれます。巣箱はNPO法人西中国山地自然史研究会のメンバーが町内の木材を使って作ります。設置を通じて生物多様性の保全に貢献したいと考えます。
 辻 ショッピングセンター以外の場所はカメラ端末に加え、鉄道玩具「プラレール」を置いています。スマイラルが笑顔を検知すると、近距離無線通信「Bluetooth(ブルートゥース)」でプラレール内の電池に信号を送り、プラレールが3秒間走ります。自分たちの笑顔が社会や地域の貢献につながることを、笑顔になった人たちに分かりやすく可視化するための工夫です。
カメラ端末(iPad)を見せながら、南方保育所の園児(手前)にスマイラルの仕組みを説明する辻さん
―寄付の仕組みを教えてください。
 辻 保育所ではスマイラルに写真販売サービスを組み込み、笑顔を検知したタイミングで子どもたちを自動撮影し、その写真データを保護者に販売します。プロジェクトの寄付原資は主に二つあり、一つがこの写真販売サービスの保護者からの利用料です。もう一つは企業からの広告収入です。プロジェクトに賛同した企業から協賛金を募り、笑顔を検知するたびに、広告(企業ロゴ)をモニターに表示させます。モニターはカメラ端末と連動しており、町民が行き交う北広島町役場とショッピングセンターの2カ所に置いています。笑顔になった人にとっては「(広告表示された)企業と一緒に寄付をした」という共同体験となることで強く印象に残ることが可能になります。
 広告の表示方法もさまざまです。モニターの画面に映った顔の周りにサークルと広告を表示するタイプ、画面全体に広告を表示するタイプなどお好きなものを選べます。北広島町は笑顔を検知すると、画面上に波紋が広がり、右下に企業ロゴが現れるタイプを採用しています。
千代田サンクスショッピングセンターに設置したカメラ端末(iPhone)とモニター。笑顔を検知すると画面上に波紋が広がり、右下に企業ロゴが表れる。笑顔数や累計も画面上で確認できる
 森川 今回は実証実験ですので、保護者には写真販売サービスを無料で開放します。広告収入に関しても協賛金は募らず、プロジェクトに賛同した8社から企業ロゴだけをお借りしました。サービスの利用料や協賛金の設定をどうするかは、保護者や企業へのアンケートを通じて検証する予定です。
 24年4月下旬までの実証実験中、数値目標としては、保育所2カ所で計1万2000件の笑顔を想定しています。1笑顔1円として6000円を義援金に使い、残りの6000円は巣箱(3000円)を2カ所の保育所に1個ずつ置ける計算です。3カ所の公共・商業施設は、さしあたって北広島町の人口とほぼ同じ、計1万7500件の笑顔を目標にしています。
プロジェクトの流れ
写真はどのように提供しますか。
 辻 自動撮影された写真データはクラウド上のサーバーに保存されます。保護者は専用の写真販売サイトにアクセスし、気に入ったデータを選んでダウンロードします。子どもの顔を登録しておけば、顔認証機能によって数ある写真から探し出すのも容易です。わが子の笑顔の数を、通信アプリLINE(ライン)で通知を受け取ることもできます。
 写真の撮影から販売までをワンストップで自動化しており、保育士による撮影や写真のデータ整理など保育所の写真販売業務の負担軽減に大きく貢献します。
 森川 保育士の負担を減らすともに、保護者の安心感にもつなげたいと思っています。写真は随時撮影されますので、保育所での子どもたちの様子が、よりよく伝わるのではと期待しています。ただ、笑顔だけがいい写真とは限りません。子どもたちが何かに真剣に取り組む姿なども保護者にお伝えしたいので、保育士が手動で撮った写真も取り込む仕様に変えていただきました。
 辻 本来は笑顔のカットを全て保存しますが、北広島町はサーバーへの保存も園長の判断で取捨選択してもらう仕様に変更しています。
 森川 笑顔の多い子、少ない子がいるため、撮影枚数の偏りをなくすのが目的です。少ない子は手動撮影で補うなどバランスを取る必要があるかもしれませんね。
写真販売サイトの画面(写真左)と笑顔の数などを通知するLINE画面(同右)
子どもたちの様子を手動で撮影する保育士(手前)
OSFさまは「スマイラル」の写真販売サービスを全国各地で展開しています。
 辻 保育園以外でも高齢者施設、障害者施設を中心にサービスを提供しています。22年には廿日市市などと連携協定を結び、廿日市市の串戸保育園さまにカメラ端末を設置し、自動撮影したデータを保護者に購入してもらっています。このプロジェクトは広島県の「ひろしまサンドボックス」事業の補助金1000万円を受けてスタートし、23年夏から実装段階に入っています。導入前と比べ、保育士による撮影写真枚数は月2000枚から500枚に減りました。イベント時を除き、園内での写真撮影は原則不要となるなどの効果が得られています。一連の取り組みは、デジタル技術を活用して地域の課題解決に成果を上げた自治体や企業などを政府が表彰する「デジ田甲子園2023」の本選出場を果たしました。
 また、23年5月に広島市であった先進7カ国首脳会議(G7サミット)の期間中は、広島県立総合体育館(広島市中区)に設けられた国際メディアセンター(IMC)にスマイラルを出展しました。北広島町との出合いもサミットの出展が始まりです。
 森川 IMCに出向していた担当者の話によると、笑顔が映し出されるモニターを囲んで、いろいろな国の人たちが言葉の壁を越えて楽しんでいたそうです。笑顔は世界共通の非言語コミュニケーションですものね。AIによる笑顔検知、自動撮影といった一つ一つの技術はそこまで目新しくないのに、「笑顔を寄付に変える」という切り口が加わった技術と思いの掛け合わせの面白さに魅力を感じています。
IMCでスマイラルを展示した様子
北広島町の実証実験は、DXの推進によって地域課題の解決に取り組む広島県内の市町とスタートアップ企業をマッチングさせる広島県の主催事業「The Meet 広島オープンアクセラレーター Gov-Tech-Challenge」が契機となりました。
 森川 都市部と比較すると地域コミュニティーの力が強かった北広島町ですが、近年は就業形態や居住形態の変化などでコミュニティー内の「顔の見える関係」が希薄化しています。現在約1万7500人の人口は25年後に約1万3000人まで減り、高齢化率は47%を超えると推計されています。少子高齢化が進む中、DXを活用して住民の負担感なく地域コミュニティーの維持・強化を図りたい-との課題解決に向け、OSFさまの提案を採択しました。廿日市市での実績もあり、実装できる可能性が高いことも判断材料となりました。広島県からの活動支援金100万円を元に実証実験と寄付を行い、関係各所の反応をみながら実装を検討します。特に写真販売サービスに関しては、実際に利用する保育士や保護者の声をしっかり聞きたいと思っています。
 辻 これまで寄付の多くは経済的にゆとりがある人たちが担ってきました。しかし、笑顔を介在させることで、国籍や人種、性別、年齢、障害の有無、所得格差に関わることなく全ての人が参画できます。「誰一人取り残さない」という持続可能な開発目標(SDGs)の理念に沿う社会活動に昇華させることができるでしょう。
 森川 今回は能登半島地震の義援金とブッポウソウの巣箱設置を想定していますが、例えば世界の貧困地域に送るなど、寄付先は町民の皆さまや協賛企業などと協議しながら決めることもできます。北広島町で実施しているクラウドファンディングの寄付方法などにも活用すれば、地域課題への対応や地域への活性化に誰でも貢献、参加できるような地域愛を育てるプラットフォームを構築できる可能性を秘めています。その意味からも、広がりのあるプロジェクトだと思います。笑顔になった人たちが、自分たちの笑顔で住んでいる地域や災害で困っている人、世界に貢献できることで自己肯定感を高めることができ、郷土を愛する気持ちや社会的な関係性が深まっていくのではないかと期待しています。
県民、町民へのメッセージをお願いします。
 辻 笑顔を寄付に変える「スマイラル」を活用した取り組みは、一人一人が自分の幸せ(笑顔)だけを実現すれば、自動的に富(金銭)の再分配ができる仕組みにしています。北広島町、ひいては広島県から笑顔の連鎖が起きて日本や世界に広げていくためにも、皆さまが毎日を楽しく暮らしていただければと願っています。
 森川 DXを推進する目的は、町民の皆さまが暮らしやすくすることが大前提です。今回の実証実験をはじめDXの推進は行政だけで進められるのものではなく、企業や町民の方々との協働が不可欠です。北広島町の実情に応じたサービス構築のために、皆さまのご協力をお願いします。
 いずれにしても自治体単位で笑顔の数をカウントしているところは他にないと思います。今回の取り組みを通じて「日本で一番笑顔の生まれるまち」を目指します。
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