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インタビュー
中電技術コンサルタント株式会社/上席執行役員 先進技術センター長
荒木 義則(あらき よしのり)さん
防災・減災に貢献するDXで安心の暮らし実現を


―防災・減災に向けたDXに力を入れていると聞いていますが、その思いや意義を聞かせてください。
 全国各地で豪雨や地震などによる激甚災害が多発しています。特に広島県は土砂災害による被害を繰り返し受けており、人命・財産を守るためには、ICT(情報通信技術)やドローン(無人航空機)等のロボット技術を活用した防災・減災対策が欠かせません。
 建設コンサルタントである当社は、1999年6月の広島災害(広島市安佐南区~佐伯区)、2014年8月の広島災害(広島市安佐北区~安佐南区~西区)、2018年7月の西日本豪雨災害等の土砂災害対応を行ってきました。大規模災害が発生した場合の災害対応は、発災直後の現地調査などを中心とした「外業(現場)」と、逐次変化する情報の収集や整理、お客さま対応などを担う「内業(災害対策本部)」をバランスよくコントロールし、人・物・情報といった資源を最適化する必要があります。そのため安全を第一に、迅速性・効率性・品質向上を実現するデジタル技術の開発に取り組み、防災・減災関連の業務対応はもとより、組織のDXも進めて改革することが重要と考えています。
 2018年7月の西日本豪雨災害は、総雨量が1千㍉を超える大雨となり、土砂災害や洪水が多発しました。その結果、西日本の広い範囲で230名超の犠牲者を出しました。この災害対応において被害状況の調査や災害復旧計画などの業務に従事した当社の社員は、発災から約2カ月間で延べ2千人に上りました。近年、大規模災害の頻発とともに人口減少による担い手不足が深刻化する中、防災・減災DXの必要性がますます高まっています。
―防災・減災DXの一つ、モバイル端末や高精度衛星測位技術(RTK)などを使った「スマート調査」とはどのような取り組みでしょうか。
 モバイル端末や高精度衛星測位技術などを活用し、災害発生後の緊急調査やインフラの点検・維持管理を、迅速かつ安全に省力化して実施するためのシステムです。ICT機器を活用して現地調査班を調査箇所へスムーズに誘導するほか、リアルタイムで高精度の位置情報を持った調査を行い、現地から写真や調査結果などを送信することで、迅速な災害対応を可能にします。
 最前線で災害対応に携わった経験を持つ関係者へのヒアリングにより、主な課題として、「安全の確保」「(被災による地形の変化で)正確な調査位置の把握が困難」「携帯電話の通話による情報共有の限界」「手持ちの紙資料の多さ」「現場作業と調査とりまとめの分業化が必要」などが挙がりました。これらの課題解決を目的に「ICT技術を活用した調査効率化支援システム」(以下「スマート調査」)を開発しました。
 「スマート調査」は、調査現場で使うモバイル端末と災害対策本部で情報を一元管理するPC端末を一体的に運用し、効率的な災害調査を実現します。災害は、発生場所や時刻をはじめ、土砂や洪水、地震といった種類、規模など多種多様です。そこで、システム中心ではなく、災害対応を行う人(思考、判断、行動)に着目し、現地調査員および災害対策本部をスマートに支援するシステムを構築しました。
 まず、現場作業を支援する「モバイル端末用アプリ」と、数センチの誤差で位置情報が取得できるRTK搭載GNSSポール「いち君」を開発しました。「いち君」は、測位衛星の電波を受信し位置を測定する「衛星測位システム(GNSS)」を内蔵。基準局と移動局の二つのGNSS受信機を利用し、リアルタイムに2点間で情報をやりとりするRTK測位法で、高精度な位置情報を取得します。災害現場では、周辺の樹木や構造物などの遮蔽(しゃへい)による観測衛星数の不足のほか、電波が山や構造物などに反射して複数のルートを通って伝播(でんぱ)し、位置情報の精度が数10m以上悪化することがあります。ひび割れや腐食、損傷など構造物の変状箇所の記録には正確な位置情報が必要なため、精度の高い「いち君」は現場の負荷を大幅に改善しました。従来は紙に印刷した図面や資料、巻き尺、赤白ポール、GPS機能付デジタルカメラなどを使って位置情報を把握していました。近年はGNSSを内蔵するスマートフォンやタブレット端末に専用アプリを入れたGISツールも使われるようになりましたが、これらの端末を単体で使った場合の位置情報精度は±5~10mで、上空視界が悪い箇所では、さらに精度が低下する傾向が顕著でした。
 次に、災害対策本部で全体の進捗(しんちょく)を把握して現場を適切に支援できるよう、地図とデータを重ねて分析する「地理情報システム(GIS)」を活用した情報共有サイトを開発。これらをクラウドサーバーで連携して、「現場」と「災害対策本部」が情報を共有します。大規模災害では、ドローン班など複数の調査班が同時に現場を調査し、災害対策本部は進捗状況などを全てリアルタイムに把握してサポートします(図-1)。以前の調査では、カーナビと調査箇所が示された紙地図を頼りに現場へ向かっていました。調査員に現地の土地勘がない上、山中では目印となる目標物が少ないため、調査員自身の現在地の把握が困難であるほか、災害対策本部が調査員の現在地や調査状況をリアルタイムに把握できず、現場と本部とのやりとりも一筋縄ではいきませんでした。さらに、調査員が日中の活動終了後、本部に戻り、調査内容メモとデジカメで撮影した写真などとの紐付けの上、Excel形式で報告書を作成していました。1日に複数箇所を調査するため、調査結果の整理に多大な時間と労力を費やしていました。
―「スマート調査」の主な機能や特徴を教えてください。
 現場と災害対策本部で使用する全ての端末において、地図や写真などの最新情報を共有できるのが大きな特徴で、災害対応のオペレーションが飛躍的に向上します。さらに、災害時だけでなく、平常時の巡視・点検・調査のさまざまな場面で利用でき、現地調査用の資料のペーパーレス化をはじめ、目的地までの移動や現在地の把握、現地調査後の記録のとりまとめの省力化や分業化など、高い導入効果が得られています。
 現地調査員のモバイル端末用アプリ(図—2右上)は、現場ナビゲーション、踏査ルート(移動軌跡)の記録、撮影写真や調査記録などの自動伝送により現場作業を効率化します。一方、災害対策本部が利用する情報共有サイト(図—2右下)は、現地調査員の現在地や調査の進捗状況などをリアルタイムで確認できます。
 「スマート調査」の基本機能は、国土交通省砂防部において、TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)の現地調査用ツールとして採用されており、2024年1月に発生した能登半島地震の土砂災害調査でも活用されました。
導入や運用にあたり苦労した点はありますか。
 全く新しい技術のため、現場から「従来の技術に比べてどう便利になるのか」「現場で本当に使えるのか、使いやすいのか」といった疑問が出てきました。利用者と開発者で意見交換と現場試行を何度も繰り返して理解を深め、導入に至りました。さらに、社内で年2回開催しているDX技術の体験会でも紹介し、高い利便性を体感できるよう工夫しています。その結果、現在では災害時だけでなく、平常時においても河川、砂防、道路、港湾、環境などのさまざまな分野で幅広く使われ、現地調査や施設点検のツールとして定着しつつあります。「初めて行く場所でも効率よく作業ができる」「調査報告などの手間が省け随分楽になった」など現場の声も好評です。今後は、多様な調査・点検の報告様式に対応できるよう、バリエーションを増やす計画です。
ICTを活用した「ドローン調査」も注目されています。
 ドローン調査は、「スマート調査」の重要な技術の一つで、「ドローンを使った自律飛行による調査や施設点検の高度化」に取り組んでいます。自律飛行とは、あらかじめ設定した飛行ルートに沿って機体を自動飛行させることです。土砂災害対策において砂防堰堤等のハード対策は、土砂災害防止の機能を有する重要な社会資本です。地震や豪雨などによる土砂災害が懸念される場合、砂防施設に異常はないか、土砂がたまっていないか、周辺の斜面は崩れていないか等、緊急点検を実施する必要がありますが、人による目視点検では二次被害が生じないよう、安全面に注意しながら現場に入る必要がありました。しかし、ドローンを使えば、高所や危険な場所に立ち入らずに調査できるため、調査員が危険な状況に直面するリスクが大幅に減少し、調査・点検の安全性が高くなる上、迅速に現地の状況を把握でき、避難の必要性や今後の対応に必要な情報を届けることもできます。
 また、広範囲を短時間で調査・点検することが可能となり、人力よりも時間とコストを大幅に削減できます。加えて、高解像度のカメラやセンサーを搭載できるため、より正確で詳細なデータを収集することが容易となり、経年的な変化を定量的に把握できるようにもなりました。ドローンを使った連続写真の撮影により、⼟砂災害などの全容把握に有効なオルソ画像(空撮で生じるゆがみを補正した画像)の作成と3次元データに基づいた計測が可能になり、災害発生前後のデータを解析すれば、変化のあった場所を特定し、崩壊地の面積、発生した土砂量、さらなる崩壊の危険性などを正確に把握できるため、調査の効率化だけでなく、新たな価値を生み出す技術と考えています。以前は、現地で人が赤白ポールを持ったり、測量リボンテープを置いたりして写真を撮影し、崩壊した面積や土砂量を算出していました。人が現地に行って調査するためには最低でも3人必要ですが、ドローンによる調査なら2人(操縦者、補助者)でも可能なため、生産性の向上にも大きく寄与する技術です。
 現在は、ドローンを調査現場に持ち込み、人が機体を操作していますが、将来は、現場へ行かずに遠隔操縦によって全自動で調査・点検ができるようになれば大幅な生産性向上につながると考えています。現在、そのための技術開発を進め、社会実装を目指しています。災害後は危険があり、現場に人が立ち入ることができなかったり、アクセス道が寸断されたりすることも少なくないため、遠隔操作によって完全自動化できれば、防災・減災に大きな効果をもたらします。
活用した事例があれば教えてください。
 令和4年度、ドローンの自律飛行により広島西部山系管内において渓流や砂防施設を調査・点検した事例があります。航空法の飛行レベル区分のうち、レベル3(無人地帯の目視外飛行)の許可を取得した上で、渓流や砂防施設の点検を実施しました。従来、複数の調査員が現地を歩いて行っていた人力点検に比べて、大幅な時間短縮による効率化の実現とともに、2次災害の被災リスクの払拭にも大きな効果がありました。また、取得した3次元データを活用して、防災学習や地元説明などにも利用できるようにVR(仮想現実)コンテンツを作成しました。その結果、2023年度 国土交通省中国地方整備局「中国インフラDX表彰」を受賞しました。「中国インフラDX表彰」は、中国地方の公共工事発注機関(国、特殊法人、地方公共団体)が発注した建設工事・業務において、インフラ分野のDXに関する優れた取り組みを行った企業・団体を、中国地方整備局が表彰し、インフラDXの推進を図るものです。
 最新のトピックとしては、2023年10月に広島市で開かれた国土交通省主催の「建設技術フォーラム2023inちゅうごく」で、ドローンによる全自動の調査・点検に関する実証実験を行いました。巡視点検を行う現場に格納庫付きのドローンをあらかじめ設置し、人が現地へ赴かずに遠隔地からドローンを全自動操縦させて点検するといった内容です。開催期間中、展示会場ブースに設置したPCから遠隔操縦によってドローンを全自動飛行させ、点検の様子をリアルタイムでライブ配信し、砂防堰堤(えんてい)に土砂がたまっていないか、山が崩れていないかなどを、多くの来場者に確認してもらい、注目を集めました。
このようなICTを活用した防災事業は、県民の安全な暮らしを守る重要なツールといえます。県民がDXを身近に感じられるよう、メッセージをお願いします。
 防災・減災DXにより、災害情報をリアルタイムに提供することが可能となり、県民はいつでも最新の情報を得て、適切な行動を取ることができるようになります。また、人工知能(AI)やビッグデータを活用すれば、より精度の高い災害予測が可能となり、事前の対策による被害の軽減につなげることができます。例えば、当社は広島県と連携し、拡張現実(AR)の技術を活用して、スマートフォンのカメラ画像上に危険区域を効果的に表示するシステム「キキミルAR」を開発しました。アプリのダウンロードなどは必要なく、サイトにアクセスしてスマートフォンをかざせば、現在地における土砂災害警戒区域などが視覚的に表示されます。誰でも気軽に利用でき、防災活動に役立ちます。
「キキミルAR」の紹介PDF
 「キキミルAR」の紹介サイト
 https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/100/kikimiru-ar.html
 このようにDXは、私たちの未来を切り開くとともに暮らしを守る重要な鍵であり、知るだけでなく、活用していくことがとても大切です。私たち一人一人がDXの重要性を理解し、その恩恵を享受することで、より良い社会の創造につながっていくものと考えています。
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