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インタビュー
NHK広島放送局/コンテンツセンター チーフ・プロデューサー
生田 聖子(いくた せいこ)さん
AIを活用 被爆者とのリアルな対話を実現
―人工知能(AI)を活用し、被爆者と疑似対話ができる「被爆証言応答装置」を開発されたとのことですが、どのような装置ですか。開発のきっかけも教えてください。
 82㌅(縦2㍍、幅1㍍)の4Kモニターに、等身大の被爆者・梶本淑子さん(92)が映し出され、被爆体験や戦前・戦後の暮らしについて質問すると答えてくれる対話型の装置です。近い将来、必ず訪れる「被爆者なき世界」に対応しようと、開発を試みました。完成後には、2023年5月に先進7カ国首脳会議(G7サミット)、8月にはNHK広島放送局内の8Kスーパーハイビジョンシアターで展示しました。現在は限定的にしか公開をしていませんが、県民の皆さんをはじめ多くの人に体験してもらう取り組みを増やしていきたいと思っています。
 広島放送局は被爆地にある放送局として、毎年8月6日の原爆の日に関連した特集番組の制作などに取り組んできました。被爆者の高齢化が進み、被爆証言を未来へどのように伝えていくのかが広島の大きな課題であると実感していた中で、米国でもAIを活用してナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の生存者と疑似的に対話ができる装置があることを知りました。被爆証言も、手記やビデオ証言とは異なる双方向での疑似体験として残せていけるのではと21年秋、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館さま(広島市中区)の協力も得てプロジェクトを立ち上げました。とはいえ、技術開発はゼロからのスタートでした。


NHK広島放送局内の8Kスーパーハイビジョンシアターで8月に公開
開発するにあたってどういった準備をしましたか。
 よりリアルに感じてもらうために、NHKならではの技術力で映像の質感にもこだわり、目線を合わせて対話できる等身大の装置にしようと考えました。また、AIの活用に懸念もあったので、被爆者の小倉桂子さんやデジタルアーカイブなどを研究している東京大学大学院教授の渡邉英徳さんら専門家、追悼平和祈念館の方たちにアドバイスを求めました。その方たちからは、「証言を自分ごととして感じてもらえる装置を」という声が出ました。普通の生活を送っていた人が突然、原爆に遭って人生が狂わされたということを、「私にも起きることかもしれない」と感じてもらうためには、どうすればいいのか―を考えて製作に着手しました。
 梶本さんに証言をお願いしたのは、14歳で被爆しているので鮮明な記憶があることと、20年以上も証言活動を続けてきたという実績があったからです。安田高等女学校(現安田女子中学高等学校)3年の時に、爆心地から2.3㌔で被爆。重傷の同級生らと死体を踏みながら逃げ惑った悲惨な経験を、後の時代に伝えたいという強い思いがあり、「最後の仕事」と覚悟を決めて引き受けてくださいました。


具体的には、どう製作したのですか。
 まずは、AIに学習させるための梶本さんのインタビュー映像を撮影する必要がありました。梶本さんに投げかける質問を若者たちに作成してもらおうと、基町高等学校(中区)の生徒に梶本さんの証言を聴いてもらった上で考えてもらいました。体験の背景にある梶本さんの思いにどれだけ共感してもらえるかを念頭に、被爆そのものだけではなく、被爆前後の暮らしや「恋愛をしていましたか」「芸能人では誰が好きですか」などの身近な質問も交えました。高校生に加え、一般の人にも考えてもらうために街頭インタビューもしました。
 22年3月、5日間をかけて撮影を実施。900問以上の質問に答える梶本さんのインタビュー映像を収録しました。梶本さんにとっては体力も気力も必要な過酷ともいえる作業でしたが、よくぞ語り尽くしてくださったと思います。その後、10時間以上にもなる映像をAIに学習させました。


インタビュー映像の収録で、質問に答える梶本さん
 誤解されたくないのは、チャットGPTのような「生成AI」ではない点です。質問のキーワードを手がかりに新しく回答を作成するのではありません。質問のキーワードを手がかりとするところまでは同じですが、インタビューのデータベースから文章の塊を引っ張って回答する仕組みを採用しました。梶本さんの思いとは全く異なる回答が引き出されてはいけないと考えたからです。
 製作途中の6月、関係者で装置を試してみたところ、全然うまくいきませんでした。AIは時系列の判別が苦手なので、現在・過去・未来のどれにでも当てはまる質問をした場合、最適な答えを引き出せません。例えば、「あの日」と言われても、AIは8月6日と認識できないといった具合に、日本語のあいまいさも、AIには不利です。課題が浮き彫りになったので、AIに「あの日」とは8月6日を指すことなど追加で学習させて策を講じました。
 また、最適な回答を導き出すために、8月6日に何があったのか、戦前や戦後の暮らし、今思うこと―とカテゴリー別に質問を整理して99問のリストを作成。体験者には、梶本さんの証言を5分ほど聴いてもらった後、リストを参考に質問してもらうことにしました。さらに、梶本さんの被爆体験伝承者やNHKのスタッフがコーディネーターとして展示に立ち会い、間違った回答が出た場合には止めて訂正し、質問をやり直してもらうようにしました。
G7サミットの国際メディアセンターでも展示。多くのメディア関係者が体験した
実際に体験した人たちの反応はいかがでしたか。
 23年1月に完成し、追悼平和祈念館で1週間、限定公開しました。小学生から90代までの約50人が装置に質問し、「自分に語りかけてくれたような気がした」「表情の変化や声のトーン、身ぶりなどから、当時の記憶が鮮明に伝わってきた」などの感想が寄せられました。G7サミットでは国際メディアセンターで、一部の証言に英訳を付けて展示。国内外のメディア関係者約50人が体験しました。海外の記者たちからは、「戦争を生き抜いた人たちが少なくなるのは、世界的な課題。海外でもやってほしい」「英語で質問できたらいい」などの声を多くいただきました。

↓特設HPで1月に体験された参加者の感想をご覧になれます
被爆証言応答装置のメリットと課題はありますか。また、今後どのように活用していきたいですか。
 証言ビデオや手記と違って双方向の対話型なので、原爆について興味を持ってもらうための「入り口」の役目を果たせるのではないでしょうか。また、被爆とは関係のない身近な質問を入れるなど工夫したことで、体験者が「自分ごとのように感じる」という当初の目標をクリアできたのではないかと思っています。梶本さんの人柄にも助けられ、涙を流す体験者もいました。
 データをコピーすれば、AIを活用した梶本さんの応答装置が世界各地で証言することは可能です。海外の方にもよりリアルに感じていただけるように、将来的には装置に直接英語で質問することができるようにしたいと考えています。一方で、「等身大」というのがこの装置の肝です。大きなモニターを展示場所で用意できるか、などの課題もあります。また、予算も時間もかかるので、他の人の証言装置も簡単に作るというわけにはいきません。活用については課題が残っているものの、多くの人に梶本さんとの対話を通じて原爆や平和、核廃絶についての思いを深めていただければと思っています。
モニターに映る等身大の梶本さん㊧と一緒に。「とてもチャーミングな方。お話を聞いていると元気が出ます」と話す生田さん
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