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インタビュー
オタフクソース株式会社/取締役 研究室長
吉田 充史(よしだ あつし)さん
AIを活用した「レシピ検索システム」 IHIと共同開発
―重工業のIHI(東京)と共同で開発した「レシピ検索システム」は、どのようなものですか。
 ソースや酢など新しい液体調味料を開発する際に、当社の製品や過去の試作品のレシピの中から目標とする味に近いものを抽出する検索システムで、10年分のソース1万5千件のデータを対象にしています。主に開発課の社員が使用します。
 当社の開発課の仕事の大半は、お好み焼き店さまをはじめ、スーパーマーケットやコンビニのお弁当、総菜などに使用する業務用調味料の開発です。年間1500~2000件をお客さまに提案しています。目標とする味のサンプルがある場合は、まず、過去の製品や試作品から類似したレシピを選び出すことから始めます。それを基準にイメージの味に近づけるための試作を繰り返し、製品を作り上げています。そのため、ベースとなるレシピを探し当てることが開発の近道です。
 そこで、当社とIHIさまで、製品や試作品の理化学分析値、分光スペクトル(近赤外線反射を利用した成分比較)、そして味や香りなどの特徴をデータベースに集約し人工知能(AI)に学習させることで、目標の味に近いレシピを瞬時に抽出できる検索システムを共同開発。当社では、このソフトウエアを「AIRS(エアーズ)」と名付けました。
類似調味料を検索できるソフト「AIRS」の仕組み
AIRSから抽出されたレシピを基に新製品の開発に取り込む開発課の社員
AIRS開発までの経緯や狙いを教えてください。
 開発課で解決したい課題は3点ありました。一つ目は業務の属人化です。熟練した社員は、その経験や記憶を基に短時間でベースとなるレシピを見つけ出し、試作を少ない回数で仕上げることができます。しかし、経験の浅い社員に、そうしたベテランの技能を伝承していくには長い年月を要します。二つ目の課題は、味覚を用いた官能評価には個人差があること。数値化した絶対評価が必要だと考えていました。三つ目は、創業100年の歴史の中で培った数多くのレシピを有効活用したいということです。
 当社の他の設備の取り組みでお世話になっていたIHIさまにこれらの課題や要望を相談する機会があり、議論を重ね、解決方法を模索することになりました。そのような中でIHIさまから提案していただいたのが、分光スペクトルと言語検索機能を含む独自のAIデータ解析ができるアルゴリズムの開発案でした。
 こうして2019年から共同開発を始めました。IHIさまでは分光スペクトル計測方法を構築し、当社が持つデータや製品開発における知見をもとに、製品や試作品の評価に適したAIアルゴリズムを開発しました。当社は、レシピのデータを検索システムに合わせて整え、分光光度計を使って製品の成分分析を行いました。分光光度計を使用した分析は当社では初めてで、測定条件を確立するまでの再現性確認に苦労しました。
分光光度計。サンプルに光を当て、反射や透過によって成分などを分析する
システムの運用状況を教えてください。現場などの声はいかかでしょうか。
 23年6月から本格稼働し、開発課の若手を中心に運用を始めたばかりです。「操作がシンプルかつ分かりやすく、短時間で類似レシピを検索できる」「検索の精度が上がり、検索結果に漏れがなくなった」とおおむね好評です。しかし、セキュリティの問題から、AIRSで検索できるのは現状ではレシピ名だけで、原材料や分量などを表すレシピ画面自体を見る場合は別のシステムを開く必要があります。基幹システムとのスムーズな連携が今後の課題です。
 今までのシステムでは、キーワードによる言語検索と理化学分析値から検索し、検索結果の中身についても一つ一つ確認する必要がありました。AIRSでは、これに分光スペクトルを加えて総合的に判断し、類似度の高い順にレシピを抽出します。主観やカテゴリに縛られることなく製品の特徴量(数値化した値)から検索することが可能になり、絶対評価で比較検証もできるなど、若手の経験値を底上げしてくれています。膨大な過去のレシピを誰でも有効活用でき、埋もれていたレシピを会社の大事な資産として、もう一度見直しています。適正な類似レシピにたどり着けることで試作回数も減るので、試作にかかる費用も年間300万円程度削減できる見込みです。
 お客さまに対しても、希望の味をスピーディーにご提供できます。その分、市場調査や原料調査などにも力を入れ、付加価値のある商品の創出へつなげていきたいです。
理化学分析値と分光スペクトルによる検索画面(写真左)、キーワードによる検索画面
ほかにもDXを活用しているサービスがありますか。今後の取り組み予定があれば聞かせてください。
 新たな試みとして、22年9月に家庭用新商品として発売した「焼そばソース大人の辛口」のパッケージデザインにAI を活用しました。東京のデザイン会社が1020 万人分の消費者の調査データをもとに東京大学さまと共同研究したもので、デザインの好意度やイメージワードなどについて性別や年代別の評価を得ることできます。今回は同シリーズ商品の「お好みソース大人の辛口」とともに、既存デザインを含めた候補パッケージ6案を「特徴が分かりやすい」「目立つ」「印象に残る」といった複数のワードから評価し、2案までしぼりました。その後、公式SNSでパッケージ投票企画を実施し、投票で選ばれたのが今回採用したデザインです。投票してくださったお客さまからは「唐辛子の絵が大きくてわかりやすい」「辛い物好きの私ならこれを手に取る」などのご意見をいだだきました。
AIの評価を参考に決定した「お好みソース大人の辛口」のパッケージデザイン
 レシピ検索システムについては、使ってみて分かることも多く、まだ試用段階と考えています。使っていくうちに、社員からの要望もどんどん増えてくると思います。今後は、原材料の分光計測についても計測方法を検討するほか、ソースやたれの五味(甘み、酸み、塩み、苦み、うまみ)、照りや艶、香りの数値化に適した分析装置の探索や開発も目指していきます。データを蓄積してAIに学習させ、精度向上を図っていきたいです。
県民に対して、PRなどメッセージをお願いします。
 製品開発におけるAIの使用は、当社では初の試みでした。どうすればこの仕事を楽にできるのか―。課題に対する解決策を周りの人に相談し共感してもらう中で、デジタルやAIを活用することにつながりました。改めて、変化を恐れず新しい技術を取り入れること、進化し続けることの大切さを学びました。「デジタル技術を社会に浸透させて人々の生活をより良いものへと変革すること」というDXの意味を体感しました。引き続きDXの活用を進め、社員の働きやすさを追求していきます。その上で、お客さまが必要とされる製品、共感していただける製品作りを目指します。
 また、おいしいと感じる味には、さまざまな要素が関係していると思います。幼少時代の慣れ親しんだ味、その日の体調や食べるシーン、年齢に伴う味覚の変化など、答えは決して一つではありません。人間の持つ感性をDXと融合させ、おいしさのクオリティーを高める研究を追求します。創業100年の当社の歴史の中で培ったレシピを有効活用し、お好みソースをはじめとする調味料を進化させ、県民の皆さんが愛するお好み焼き文化の発展に今後も貢献していきたいです。
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