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インタビュー
 株式会社ビーライズ/取締役COO
石原 裕輝(いしはら ゆうき)さん
広島大学/広島大学病院 小児外科 講師
佐伯 勇(さえき いさむ) さん
診察シミュレーター「VR OSCE」で医学生の技術アップ
ビーライズの石原取締役COO(写真左)と広島大学病院の佐伯講師(同右)
―医学部生向け診察シミュレーター「VR OSCE(ブイアール オスキー)」とはどのようなソフトでしょうか。
 石原 「VR OSCE」は、フルCGを用いて患者呼び入れから医療面接・身体診察までの「OSCE」をVR内で再現し、学生自身で試験対策を行うことができるVRソフトウエアです。声に出して患者を呼び入れるところから始まり、問診を行っていきます。問診を終えると各種診察に移り、座位や寝た状態の臥(が)位で、視診や触診、聴診器など医療器具を用いた器具診察といった、さまざまな診療行為を施していきます。診察後、必要に応じて追加問診を行い、最終的な診断結果を要約します。VR内で回答の解説なども閲覧できるため、自己学習が可能になっています。2021年3月に広島大学から依頼を受け開発し、22年3月に完成、22年10月より販売を開始しました。現在、広島大学さまのほか、他県の2大学に導入していただいています。
VR OSCEでトレーニングをする医学生
診察している画面。コントローラーに合わせて手なども動く
そもそもOSCEとはどういったものでしょうか。また、VR OSCEをビーライズさまに依頼した背景や狙いを教えてください。
 佐伯 OSCEとはわかりやすく言えば、医者や看護師を目指す学生の臨床実習です。OSCE は、医学部では4、6年生時の臨床能力を評価する実技試験にもなっていますが、2025年をめどに医師国家試験に準じる形へ移行していく予定です。さらに重要度が増していくOSCEですが、対策練習にかかる毎年のコストをはじめ、臨床技術の指導の難しさなど、さまざまな課題を抱えていました。そのような中、新型コロナウイルスの流行で病院での臨床実習ができなくなった21年、VRの技術を駆使し、問診や診察行為などOSCEの総合的な学習が可能な医学生向けの診察シミュレーターを望む声が高まり、開発の依頼をしました。
―VR OSCEはどのように使用するのでしょうか。
 石原 VRゴーグルをかけることで、バーチャル診察室に入り込んだような体験ができます。両手に持ったコントローラーを使って、バーチャル患者に対してさまざまな診察が行えます。3DCGで再現したバーチャル診察室の中では、自分の体を動かして自由に歩き回ったり、聴診器などの器具を使ったりすることができるため、現実に近い感覚を味わえます。先生たちは、学生が見ている画面を別モニターで見ながらリアルタイムで指導も可能。患者から返ってくる聴診時の音や問診時の回答などを基に病状を推測していきます。虫垂炎や肺炎など初期設定の20症例以外にもカスタマイズでき、先生や学生自らでオリジナル症例の追加が可能な点も大きな特長です。
VR OSCEのVRゴーグルとコントローラー
学生や先生、患者さんにとってメリットが多いようですね。
 佐伯 医学生は6年間の医学教育を経て、国家試験に合格して医師になるわけですが、4年生までに多くの授業を受けて知識を蓄え、5、6年生では実際に病院で臨床実習を行うことになります。ここで実際の臨床技術を学んでいきます。しかし、診察などの技術は単純に見学だけでは身につくものではなく、かなりの修練が必要になります。これまでは実際の診察風景を見学し、学生同士でトレーニングを行っていたのですが、VR OSCEはこの診察技術をVRでトレーニングできるという、画期的なシステムです。VRで体験することで、学生は模擬患者を診察するリアルな体験ができ、学生同士の練習では味わえないような緊張感と臨場感をもって、さまざまな疾患を有する模擬患者の診察ができます。十分に修練を積んだ後に実際の診察ができれば、患者さんにとっても不慣れな医師に診察を担当されるリスクが少なくなります。学生を教える立場の指導医も、VR OSCEでトレーニング中に学生に言葉遣いや診察のテクニックの指導を気軽に行えるため、効率的に診察技術を向上させることが可能になります。
指導医がモニターを直接見ながらリアルタイムで教えられるのも大きな利点の一つ
VR OSCEの利用状況や学生の声を教えてください。
 佐伯 広島大学では2023年から、主に卒業を間近に控えた6年生20人を対象に、VR OSCEによるトレーニングを行っています。学生は元々多くの医学知識を学んでいるものの、その知識を問診や身体診察の技能と結びつけるという行為は容易ではありません。しかし、VRでのトレーニングは想定していた以上の技能向上をもたらすことができると実感しました。学生からも好評で「VR OSCEでもっとたくさん練習がしたい」「自分一人や友人らと練習をするよりはるかに臨場感があった」「VR OSCEでトレーニングすれば、より早く、より深く医学知識が習得できそう」という声が聞かれました。現時点ではこのVR OSCEでトレーニングした学生が実際の患者さんの診察を行うところまでは至っていませんが、今後はVRによる医療技術のトレーニングがより一般的となり、医療水準の向上、そしてあらゆる患者さんへのメリットにつながっていくと考えています。
開発にあたり苦労した点は何でしょうか。
 石原 医学教育の現場で起こっている教育課題を聞いて、OSCEが一体どういうものか理解していくことからスタートしました。そして、汎用(はんよう)的かつVRの強みを生かして学習効果が高くなるよう設計に注力し、実際に活用してもらったフィードバックをさらに開発に生かしていきました。開発の中で最大限工夫したのは、テキストや音声、画像データをカスタマイズすることで、自由に症例を設定できるよう拡張性を持たせた点です。何症例かプレーして終わりというソフトだと先生も使いにくいでしょうし、追加するにもその都度開発しないといけません。
導入や運用にあたり苦労した点、さらに改良したい点などはありますか。
 佐伯 ビーライズさまはVRの専門であり、私たち医師は医療の専門です。VR OSCEを作成するにあたっては、お互いが「何を作りたいのか」「どこまでできるのか」を予算内で考えていかなければならず、非常に密な連携が欠かせませんでした。初期設定では、20症例の模擬患者を作成しましたが、一問一答形式でセリフや所見を入力していくと1症例に対し100以上の入力作業が必要でした。これが20症例となると3000近くなり、かなりの労力を要しました。開発において、ビーライズさまと広島大学病院の医師の双方が多大な労力と情熱を注いだ結晶がVR OSCEです。
 ただ、VR OSCEにはまだ多くの改善点があると思います。身体所見をよりリアルに感じ取れるようにする工夫や、他覚的な評価機能があると、より体験者の力になります。特に実際の患者さんの問診においては、言葉遣いなども非常に重要なポイントになってくるのですが、VR OSCEには音声認識機能はないため、この部分の評価は不可能です。今後は音声認識を含めた他覚的な評価機能を導入するなど、プレーヤーの診察技能を点数化し、よりゲーム性を増すことで、楽しみながら診察技能をアップさせていくという使い方もできればいいなと考えています。

ほかにもVRを活用した医療系のソフトを教えてください。
 石原 手術室をリアルに再現したVR空間の中で、IVR(画像下治療)手術に必要な細かな手技や機器の操作を練習することができるVRソフトウェア「HiVR(ハイブイアール)」を広島大学さまと開発しました。IVRとは、エックス線で体の中を透視しながら行う、カテーテルを使った血管内治療の手術手技のことを指します。IVRは非常に繊細な技術が必要であり、研修医にとって練習量の確保は重要です。一方で、これまでの練習には特殊なシミュレーター機器が必要であり、研修医が学ぶにはハードルが高いという課題がありました。HiVRであれば初学者でもステップごとにトレーニングが可能であり、実際の臨床現場に近い環境で練習ができます。本シミュレーターは人体を透明化して臓器をのぞき込むなど、VRならではの機能が多数含まれており、学生や研修医向けに高い教育支援効果が期待されます。
カテーテルを使った血管内治療の手術をバーチャル体感できるHiVR

 そのほかでは仮想患者を用いた医学教育用症例・診察データ共有プラットフォーム「Cloud Case(クラウドケース)」の開発を進めています。Cloud Caseは、シミュレーション用の患者症例を簡易的に自由に作成できたり、作成した症例データをクラウド上で共有したりすることができます。また、症例データをもとに仮想患者の診察シミュレーションも実施することが可能です。当システムは広島県が進めるひろしまサンドボックス「サキガケプロジェクト」実証業務を受託しており、医学生向け教育教材として大学医学部へ2024年以降に販売開始予定です。
―県民に対して、PRなどメッセージをお願いします。
 佐伯 VR OSCEはまだまだ最初の一歩であると考えています。これまで医療技術というものは指導医がついて一人の医師に教える、まさに徒弟制度的なところがありました。しかし、VR技術はここに大きな変革をもたらすものです。経験の浅い医師に突然経験させるのは難しい、小児のような特殊な患者の診察や危険性の高い手技―。そういった多くの医療技術において教育的なVR体験ができるソフトを開発することで、VRゴーグルさえあれば、全国どこの病院でも医学生や研修医がソフトをダウンロードしてトレーニングを積めるようになります。美しいというリアルではなく、本物に近い体験というリアルが、医療教育で求めるVR技術です。VR技術を医療教育に活用することで、日本中の医師の医療技術水準の底上げに貢献する。これが私の思い描く未来への展望です。
 石原 当社はこれまでにさまざまな分野で、XR(リアルとバーチャルを融合した空間を創り出す先端技術)やメタバース技術を活用した開発・導入を行ってきました。医学教育の分野への参画は比較的新しい取り組みですが、医学教育DXの必要性や重要性はひしひしと感じているところです。佐伯先生もおっしゃっている通り、医療現場は人々の命や健康に直結する場面が多いため、医療を提供する側の体験値が大変重要だと考えています。体験値をいかに積んでいただくかという従来の課題に対して、当社の持つXRやメタバース技術を活用して、専門家の方々と一緒に解決していきたいと切望しています。
 近年技術進歩が著しい人工知能(AI)を活用した開発も始めており、より良い先端技術をうまく取り入れながら、私たちの開発が県民の皆さまの最大利益につながるようにこれからも取り組んでいきたいと思います。

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